発達障害者が社会復帰を目指す

20代半ばの男が社会復帰を目指すブログ。どんな形であれ社会復帰(=収入を得る)を諦めきれず、奮闘する様を発信出来たらとブログを始める。引きこもりや精神の障害がある方向けに社会復帰のプロセスを提示しつつ実践していきたいと思っている。

ゲームは結局時間の無駄なのか?

僕はオンラインゲームが好きなのだが、最近は楽しめなくなってきている。

というのも、ゲームを続けていたところで将来何か成長できるとは思えないし、それならその辺りの資格勉強でもした方が役に立つと最近は思ってしまう。

 

でも勉強は苦痛だ。

施設に通っている段階でもストレスが溜まってくる。

ただやることがないからゲームに手を出してしまう。

 

とまぁこんな感じでゲームを続けてしまう。

 

恐らくゲームをしている自分と将来なりたい自分の差が大きすぎて葛藤があるのだろう。

 

ゲームは悪ではない。むしろゲームに救われた部分だってたくさんある。

でも僕みたいに制御が効かなかったり不安になりやすい人は結局ゲームは向いていない気がしてたのだ。

 

例えばだが、気分の浮き沈みが激しいと、ゲームの中では途中離脱が許されない場面があるので、休みたいと思いつつも嫌々続ける羽目になったりだとか。

初心者のチームメンバーが〇〇したい!と言っている中で自分は何もしてやれないとか。

 

きっと僕はどうでもいい部分で責任感が強いのだと思う。

というのも僕は、とあるゲームでチームマスターを務めている。(ピンとこなければギルドマスターやクランマスターみたいなものだと思って下さい)

 

だがマスターというのは苦痛だ。

自分が中心になってチームを動かすことはできるのだが、そのためには時間や手間を犠牲にしなければならない。

この時間の犠牲が最近になってすごく苦痛になってきた。

 

それだけではい。

 

チームマスターという役職、基本的にチームをまとめる役のことなのだが・・・

 

誰もやりたがらないのだ。

 

当然と言えば当然であるw

オンラインゲームプレイヤーのほとんどは身を削ってまでチームを作り上げたいという者ではなく、チームに所属して盛り上げていきたいだとか、チームの機能を使いたいがためにとりあえずチームに入るだとか、それくらいの意気込みだろう。

 

それにチームマスターは責任が伴う。チームでトラブルや揉め事が発生したときは仲介しなければならないし、プレイヤー層の差が激しく分裂や崩壊寸前にまでなったこともあった。

 

それでも僕は結局チームマスターをやめることができなかった。

 

何故だろうか?

 

もしかしたら、チームマスターという肩書が僕の中で誇れる唯一の点なのかもしれない。

リアルの僕は働けてもいないし、社会的責任など皆無だ。

そんな僕が仮想世界の組織をまとめ上げているのはかなり滑降に思える。

 

最近はこういうことばかり考えているので、いまいちチーム活動にも身が入らず、チームメンバーとも挨拶しか交わさない日が多くなってきた。

いい機会だし誰かに押し付けたいのだが、そうするとまたチームでトラブルが起こりそうな気がして怖い。

 

これもまた葛藤なのだろうか。

 

ゲームを楽しみたいだけなのにゲームに縛られて悩み事を増やすのは全く持って本末転倒だと思う。

 

ソシャゲなんかもうだと思う。

何故最近はわざわざゲームでまで人と関わる機能をつけたがっているか理解に苦しむ。

 

もしこのブログが予想より続いて、こちらの活動がメインになるならチームマスターはやめようと思う。

というか、やめたい。

 

チームマスターを務めるのは余程自己顕示欲がないとダメだと思う。

僕も自己顕示欲だけは強いと思っていたがそうでもなかったみたいだ。

 

何も考えずにできるゲームとかないかなぁ・・・。