発達障害者が社会復帰を目指す

20代半ばの男が社会復帰を目指すブログ。どんな形であれ社会復帰(=収入を得る)を諦めきれず、奮闘する様を発信出来たらとブログを始める。引きこもりや精神の障害がある方向けに社会復帰のプロセスを提示しつつ実践していきたいと思っている。

趣味がゲームで何が悪いのか

 ゲームが趣味ですって言うといい年してゲームとか恥ずかしくないのかとか、もっと有意義なことをしようだとか言われることが昔はあった。

最近はスマホの普及も相まってかゲームそのものに抵抗を持つ人は減ってきたと思う。

とは言え僕もゲームで悩んだ身、これらの意見も一理あると思う。

 

今回は改めて僕自身が抱いているゲームに対するイメージというか、付き合い方みたいなものを示したいと思う。

 

Q.ゲームって生産的じゃないよね?

A.趣味は生産的じゃなきゃいけないとは限らないよね?

これは持論だけど、ゲームに対するイメージが悪い時期はゲームをやっているのはいかにも学生時代に影が薄いようなキャラをしていて、彼女もいない寂しいヤツというステレオタイプなイメージがあったと思う。

彼らは確かにゲームに逃げいているのかもしれない。だけど彼ら自身がそれで救われているのなら全く不健全ではないと僕は思う。(ゲームにのめりこみすぎて学業や仕事に影響が出るならともかく)

 

それどころか趣味を聞いて否定する人の方が僕は不健全だと思う。

趣味はスポーツじゃなきゃいけないのか?生産的なことじゃなきゃいけないのか?

違うだろう、趣味は趣味の範疇なら何でもいいはずだ。

犯罪や道徳を犯してなければとやかく言われる筋合いはない。

 

Q.ゲームに時間を費やしてたら後々になって後悔しない?

A.救われるときもあったし、後悔することもあった。趣味がゲームに限ったことじゃない。

最近のゲームに対するイメージだと、こういうタイプの人が多いと思う。

確かにデータが蓄積されるネットゲームやソーシャルゲームは離れた時から意味のないものになる。

でもこういうゲームって対価を払って楽しんでいる訳だから、後になってそこに後悔を見出すのがそもそも変な話だと思う。

基本無料でも楽しいと思ったら課金する人はするだろうし、無料でもそこそこ楽しめるなら続けようという人もいる。

時間はともかく、お金に関して言えばその他の趣味だってかなり費やすはずだ。

サイクリングならロードバイク、釣りなら釣り竿や道具というように、お金のかからない趣味なんてものはないのではないだろうか。

その点だけ見ると、環境さえ整っていればすぐにできるゲームなんかは良心的なのかもしれない。

 

Q.じゃあ費やした時間は後悔するんじゃないの?

A.これは正直に言うと後悔している。

僕が某ネトゲに費やした時間を計算すると2000時間と出てきた。

2000時間もあれば、確かにその時間を勉強に回していたら難関な国家資格は取れたかもしれない。

こういうデータを見せられると時間の面で後悔することはある。

ただそれ以上に得られたものもあると思うことにした。

 

例えばゲームを通じてできた友達。

彼らを時間に換算するのは恐れ多い。

ゲームに限らず趣味で人とつながることは多いと思うし、それを全部ひっくるめて否定したくはない。

 

 

 

これらが僕がゲームに対して考えていることである。

僕はゲームが好きだし、理解はして欲しいのだが否定して欲しいわけではない。

ただ最近はゲームのコミュニケーションについて考える時間が多く、今後のゲームの形態を考えると身を引くべきなのかなと思う部分もある。

昔よくやったレトロゲームというか、古き良きゲームなんかは良いと思う。

最近のゲームは不必要に人と関わらせるから、そこに疲れを感じる人は多いのではないか?

 

最後になるが、僕が今までプレイした中で一番記憶に残っているゲームを紹介する。

 

 

名作と言われているクロノトリガーのDSリメイクだ。

絵もストーリーもよくできているので是非プレイして頂きたい。